2016 東京都知事選の意味

今回の東京都知事選は都民の関心だけではなく、全国的に非常に高い関心度を持って注目された選挙である。
結果的に小池氏が、自民党支持者層の最多得票数を獲得して圧勝した。
それは(都連に限らず)「自民党の体質」に対して、多くの都民(国民)が(再び)疑問を持ち、不安を抱いている表れである、と読み取ることもできる。
これは単に都知事選だけではなく、自民党から民主党へ、そして再び自民党へ、と続く政権交代劇の延長線上にある出来事のようにも思える。
政権交代時に安倍総理が確約した「自民党の自浄作用」は本当に機能しているのだろうか、という素朴な疑問が浮上しているのだ。

テレビ朝日「モーニングショー」のコメンテーターは、
「小池氏に投票した都民は、今後の小池氏の手腕を厳しくチェックしていく必要があるだろう」とコメントし、都民の意識を小池氏個人へ向けようとしていた。
それは確かに必要なことでもあるが、メディアも含めて(というかメディアは特に)まず考えなければいけない優先順位がある。

何のために今回都知事選が行われ、なぜ小池氏が当選したのかという「意味」。
再び「無駄な選挙」を繰り返してはいけないという反省(その意味での総括と認識共有)。
それらを踏まえた今後、私達が何をしなければならないのかというパースペクティブ。

ただ単に「都知事の手腕をチェックしていく」という単一方向の行為だけではなく、可能な限り積極的に参加していく必要性があるのだろう。
その意味で今回の東京都知事選は、画期的に時代の流れを反映し、また新たな流れを作るきっかけとなった筈だ。