自己の不在

「○○さんがそう言ったから…」

「○○さんは××の凄い人だから…」

そんな短絡的な日本人が多いのは事実である。

自分の考えを持たずに、著名な他者の言葉を引用して自分の考えとする行為。

先日、爆笑問題の太田光が日本テレビの番組で

9.11同時多発テロの時の小泉首相の発言『テロには屈しない』について熱く語っていた。

ブッシュの言葉をそのまま引用して日本国の声明とした小泉首相の行為を批判したのだ。

あの番組での太田光の発言は全てに同調できるものではないが、

あながち間違っているとも云えない。

確かに、先ほども書いたが日本人にはそんな風に著名な他者

(一般的に成功していると云われている人)の言葉を簡単に受け入れて

引用する人が多いように思う。

小泉首相が『テロには屈しない』という発言をしたのが

短絡的にブッシュの言葉を引用しただけとは思わないが

その行為が日本人を代表する象徴的行為として歴史に残ったことに対する

太田光の危機感というものはよく分かる。

ソネットブログひとつとって見てもわかるマイノリティの重要性。

(いや、ブログの中の世界は未だに特殊な世界なのかも知れない)

考えて自分の中で昇華するのではなく、

単純な思い込みだけで溢れ出た言葉を自分の中から放出させるという

本当の自己が不在してるという矛盾を抱えた自己顕示欲なのである。

それはまさに公害に等しい。

そしてその醜さに気付かない者が多いのだ。

「奈良美智さんがそう言ったから…」

「村上隆さんがそう言ったから…」

「岡本太郎さんがそう言ったから…」

だから何? 君は誰?

ダ・ヴィンチ・コード

私はまだ「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでいない。

確かに面白い物語なのかも知れないが、おそらく読む事は無いだろうと思う。

何と言うか、初めから興味が無かった。

だから映画も見ていない。

わざわざ映画館で見ようとも思わないのだ。

宗教的な理由で拒否反応を起こしているというワケではない。

そもそも私は無宗教である。

それよりも興味深いのは、

日本テレビ、フジテレビ、テレビ東京がそれぞれ2時間のスペシャル番組を制作し、

日本国民にレオナルドの「ラスト・サパー」の解釈を

潜在的に植え付けてしまった事である。