2016 東京都知事選の意味

今回の東京都知事選は都民の関心だけではなく、全国的に非常に高い関心度を持って注目された選挙である。
結果的に小池氏が、自民党支持者層の最多得票数を獲得して圧勝した。
それは(都連に限らず)「自民党の体質」に対して、多くの都民(国民)が(再び)疑問を持ち、不安を抱いている表れである、と読み取ることもできる。
これは単に都知事選だけではなく、自民党から民主党へ、そして再び自民党へ、と続く政権交代劇の延長線上にある出来事のようにも思える。
政権交代時に安倍総理が確約した「自民党の自浄作用」は本当に機能しているのだろうか、という素朴な疑問が浮上しているのだ。

テレビ朝日「モーニングショー」のコメンテーターは、
「小池氏に投票した都民は、今後の小池氏の手腕を厳しくチェックしていく必要があるだろう」とコメントし、都民の意識を小池氏個人へ向けようとしていた。
それは確かに必要なことでもあるが、メディアも含めて(というかメディアは特に)まず考えなければいけない優先順位がある。

何のために今回都知事選が行われ、なぜ小池氏が当選したのかという「意味」。
再び「無駄な選挙」を繰り返してはいけないという反省(その意味での総括と認識共有)。
それらを踏まえた今後、私達が何をしなければならないのかというパースペクティブ。

ただ単に「都知事の手腕をチェックしていく」という単一方向の行為だけではなく、可能な限り積極的に参加していく必要性があるのだろう。
その意味で今回の東京都知事選は、画期的に時代の流れを反映し、また新たな流れを作るきっかけとなった筈だ。

大阪市立高校体罰問題

たまたま『ミヤネ屋』という番組を見ていたら、番組のコメンテーター(春川)が大阪市立高校体罰自殺問題について橋下市長批判を展開していた。
「学校問題を政治的アピールに利用している」とまで言っていた。

様々な視点で検証するのは結構なことだが、今回の橋下市長の行動は、市長として当然の仕事をこなしているだけなのだ。
市立高校がルール無視し、教師による暴行事件を隠蔽し続け、結果的に優秀な生徒の自殺を招いた。
これは完全に不祥事である。
市立高校が不祥事を起こし、生徒を死なせたので、市長が遺族に謝罪に行く。
これは当たり前のことだ。
不祥事を起こした市立高校の責任所在を明確にし、処分するに当たって市長が積極的に指揮をとり、判断を下していくというのも当然のことだろう。

早急に問題高校の構造を見直すにあたって、新入生を迎え入れる体制が不可能であれば、入試を見送るのは当然の判断である。

当然の雛形である、ということだ。

これまでの日本において、そのような当然の雛形が無視され続けてきた結果として、今回の橋下市長の行動が、一部の周囲には暴走に見えたのだろう。

ただ、国民の多くは今回の橋下市長の判断を「妥当な判断」として理解しているのではないだろうか。

戦争と平和

今日は広島平和記念日である。

映画『2001年宇宙の旅』の通奏低音でもある”人類の進化”。

人類は道具を使い始め、両手を自由にする為に2足歩行を行い、安定した2足歩行は脳を発達させる。
だがそれは、敵を殺害する、という極めて男性的なイメージに起因する。
そして道具(武器)を発展させることで独自の進化を遂げた人類は戦争を繰り返し、科学者によって”核”が生み出された。

そういった意味において”ヒロシマ”は人類史上の、一つの頂点ともいえる出来事であった。

『2001年宇宙の旅』の続編である映画『2010』は、私にとって観るに耐えない駄作だが、その物語となる「新たな人類の進化」、それはまさに人類による”核の廃絶”である。

今日、2010年の広島平和記念日は、核保有国である米英仏の主要人物が初めて列席するという、”核廃絶”を強く訴える歴史的な記念日となった。

これが偶然なのかどうかは分からないが、この事実が、「新たな人類の進化」であることを祈るばかりだ。

80年代校内暴力〈沈静化〉の側面

80年代初頭に連鎖した全国的な校内暴力が、沈静化へ向かう過程においては、様々な機関によって研究がなされているようである。
以前私は本ブログ上で、「若者文化の変化によってヤンキーが激減し沈静化された」と書いた。
その考えの根拠については以下の通りである。
 

*****************************************************************************************

【1】 1964年〜1968年生まれ

*****************************************************************************************

爆発的に起こった80年代校内暴力のピークは、1980年〜1981年である。
当時、実際に暴力を起こしていた中学生に該当するのが、1964年〜1968年生まれである。
(2010年現在42歳〜46歳)
勿論、実際に暴力を起こしていたのは、この中の極一部である事はいうまでもないし、地域によっては、当時の中学の中でも、全く暴力が起こらなかった学校も少なくはない。

だが、事実として1980年〜1981年は中学生達によって多くの学校が破壊され、前代未聞の社会問題となった。

そんな1964年〜1968年生まれは、その前後の世代に対しても、ある程度大きな影響力を持っていたと推測される。
その世代の中でも、主に男子を基準に、彼らが傾倒した文化を紐解いてみよう。

*****************************************************************************************

【2】1980年〜1981年

*****************************************************************************************

■ヘアスタイル、ファッション

70年代ディスコブームから派生する、ソウルミュージック人気などの黒人崇拝は、アフロヘアーやニグロ、パンチといったヘアスタイルを流行させる。
黒人ソウルミュージシャンの様なタイトなスーツを着て、シャツの襟を出し、パンチパーマをかける、というのがステイタスでもあった。
そんな不良で遊び人な70年代の大人達のファッションを真似るヤンキー中学生が増えた。
当時の彼らにとって、それは紛れも無くハイファッションであった。

一方、当時のヤンキーのカリスマは矢沢永吉であり、ヤンキーの部屋には高確率で矢沢のポスターが貼られてあった。
矢沢とくれば、「キャロル」や「クールス」へも傾倒し、当然のように、革ジャンにリーゼントが流行する。
更にヤンキースタイルは、フロントアフロにサイドリーゼントといった、混合的スタイルも派生させる。(例えば横浜銀蝿のようなヘアスタイル)

リーゼントといえばロックンロールであり、ロカビリーであると言わんばかりにロカビリーファッションも注目され、「CREAM SODA」といったブランドに脚光があたる。
ヒョウ柄の財布やコーム、”チョンバッグ”(変形学生鞄)に貼る為のステッカー等が、中学生間で大流行した。
だが、その流れが小学生にまで波及すると、「小学生の文房具」と呼ばれ、中学生の間では格下げされて流行が終わる。
(ただその後もロカビリーブーム自体が廃れる事はなく、原宿などでラジカセで踊る「ロックンロール族」(ローラー)へ発展し、「竹の子族」や暴走族と対立する事もあった)

総括的に、当時の中学生のファッションは、反抗精神が反映されていたといえる。
ヤンキーは同学年の女子にもモテたが、それは、単なる一過性の流行に過ぎなかった。
しかし、そんな彼らに対して過剰反応した大人達は、彼らのことを「ゴミ」扱いした。
同時に彼らも、ぐうたらな大人たちを「生ゴミ」と呼んだ。

■ゲームセンター
 
 インベーダーブームでゲームセンターが増え、彼らの溜まり場となり、ゲーム代欲しさの窃盗なども多発した。

*****************************************************************************************

【3】1982年〜1984年

*****************************************************************************************

■1981年当時の、校内暴力が多発していた問題学校を構成する中学生を、3つにカテゴライズすると以下の通りに分類できる。

・真面目な進学組(優等生)

・一般中学生(暴力などは行わないが、当時流行のヤンキースタイルをある程度自分の中にも取り入れ、ヤンキーを支持し、応援もする多数派。または傍観者。)

・ヤンキー(実際に暴力行為を行い、暴力団とも関係を持っていたコアな実行犯たち)

■中学を卒業した彼らのその後

・真面目な進学組は、そのまま進学校へ進み、ヤンキーの脅威から脱出し、勉学に励んだ。

・一般中学生は普通校へ進学した。
 ウォークマンが流行し、レンタルレコード店が普及し、MTVやFMラジオなどの影響から、洋楽や邦楽など、音楽が彼らの話題の中心となった。
 同時にパンクやヘヴィメタル等、幅広いジャンルで高校生バンドが激増した。
 (後の「80年代バンドブーム」へと繋がる)
 不良の格好良さとロックは繋がり易いが、彼らにとって横浜銀蝿は既に時代遅れだった。
 結果的に、彼らはヤンキーと決別する。

・ヤンキーの多くは、はじめから進学拒否するか、進学したとしても高校を自主退学するか、あるいは問題を起こして退学処分となった。
 彼らは手に職をつけるか、そのまま暴力団や暴走族に入る以外、道は無かった。
 手に職をつけて就職できれば、更正する機会もあるのだろうが、ヤクザや暴走族になった者たちは、常に身の危険に曝された。

始めのうちは不良中学生に親身だった暴力団も、結局は彼らを利用し尽くす。
ステッカーや偽物のブランド品を高額で売らせ、期日までに売上金が回収できなければ、彼らを袋叩きにする。
敵対する組織との抗争の最前線に置かれ、いわゆる”鉄砲玉”にされ、事実として、多くの10代が行方不明になり、死亡した。
シンナー中毒で死ぬ者もいれば、バイクで事故を起こして死ぬ者も多かった。
そんな事件はあまりに多く、新聞にすら載らなくなった。

犯罪を犯して警察に逮捕された場合も、当時の警察は、当然のように彼らを袋叩きにした。
その後、少年院に移送されれば、そこでも彼らは毎日袋叩きにされた。

そんな危険過ぎる日常に、10代のヤンキーは戦意を喪失し、疲れ果てていた。
そんなヤクザから足を洗う為に、指を詰められた者もいた。

ヤンキーになってもロクな事はない、という結論が後輩たちにも波及し、ヤンキーは激減しだした。

■バイク

ヤンキー激減の背景には、バイク文化の多様化も一つとして考えられる。
16歳から17歳の彼らにとって、バイクは憧れのオモチャであったが、当時人気のバイクは「Kawasaki FX400」や「YAMAHA RZ」等といった、暴走族へ直結するようなバイクであり、堂々とバイクに乗る為には、暴走族に入ることを余儀なくされた。
ところが、漫画「バリバリ伝説」人気の影響もあり、皮ツナギを着て峠を攻めるという、暴走族とは程遠いライダーズスタイルが新たなステイタスとなった。
バイクメーカーは挙って、レーシーなフルカウル仕様のバイクを生産し始めた。
10代のライダーは暴走族に入らなくても、堂々とバイクに乗れるようになった。

■ファッション

ヤンキーが激減し、高校生の間でも「POPEYE」や「Hot-Dog PRESS」といった雑誌が、10代のバイブルとなり、DCブランド崇拝が起こり始めた。
先輩たちの後ろ盾を失い、ヤンキー自体の数も激減し、校内暴力は沈静化へと向かうのだが、教育者達はここぞとばかりに、再び生徒たちを暴力的に管理するようになった。
その結果、教師による生徒への暴力事件が激増した。
(結局、教育機関が当時の10代の本質を捉える事は無かった)

*****************************************************************************************

【4】1985年

*****************************************************************************************

■ファッション

1985年、DCブランドの一大ブームが沸き起こる。
「青山ベルコモンズ」「ラフォーレ原宿」等のファッションビルに多くの男達が詰めかけた。
「男達がオシャレになった!」といわれ、新宿には「OIOI(マルイ)メンズ館」まで登場した。
バーゲン時には長蛇の行列に押しつぶされて、死者まで出るほどだった。
そしてこの一大ブームは、ヤンキーを完全に時代遅れに追い込むには充分だった。

高い服を着て高級外車に乗ることがステイタスとなり、その為には高学歴が必須である、との見方に10代の考えはシフトされた。
(そして翌年、バブル景気をむかえる)

1985年、深刻な社会問題である校内暴力は、沈静化された、と発表された。

多様性

視覚性の多様性を認めるように、
人間の多様性を認めなければならない。
遺伝子が人間のある部分を決定づけていようがいまいが、
ある考えが擁護されようが批判されようが、
多様性を排除することは赦されない。
弁証法的に社会性を視る必要がある。

複雑な簡略化

映画『Waking Life』で、イーサン・ホーク演じるジェシーが言っていた台詞。
「科学やアートの重要な規範が世界で同時に発生する。
誰かが何かを考えつくと、世界中で大勢が同時に同じことを考えつく」
—————————————————————————————————

4年程前に宇宙船の内部のような映像を幻視した。
同じような映像は度々出現した。
幻視の映像は通常3〜4秒で記憶からも消去される。
完全に忘れる前にとっさにクロッキーでドローイングを何枚か残したが、
当然ディテールが描ききれない。
その映像を再現する為にはCGが向いているのだが、
今ひとつ制作意欲が湧かずにいた。
(CGオペレーターがいてくれればと思った)

予想通り世界中から似たような映像が発生しだした。
ステンシルを多用しキャンバスに描かれたものや、
グラフィティ・アートや、CGアニメーション…
どれも確信的な映像である。
最近でいえば『アバター』の冒頭あたりの、宇宙船内部の映像…

…まぁ、ホンの一例ではあるが、そのような「世界同時発生」は起こり得る。
人類の太古から受け継ぐ記憶と密接に関連しているのかどうかは分らないが…
(記憶には未来も含まれる)

「先を越された」とか「出し抜かれた」とか、消沈したりはしない。
むしろそれらは消費された方が都合が良い。
通俗化されれば表現領域は拡大できる。
もっとも有難いのはシンボリックに簡略化出来ることだ。
気の遠くなるような作業工程を回避できる。
あるいは何か別のものと融合させることも可能だろう。

…簡略化。
普遍性を生み出すひとつのキーワード。

校内暴力

連日報道される文部科学省報告による「小学校内暴力」。

原因は様々なことが考えられるだろう。
相変わらず報道の中で言われ続けるのは「家庭環境の問題」である。

ところで、教師による不祥事の数はどうなっているのだろうか。
平成14年度には、148人もの教師が不祥事により懲戒処分を受けていた。
その数は減っているのだろうか。それとも増えているのだろうか。
今月14日には栃木県で小学2年生を受け持っていた教諭(33)が、10人もの女児童に、お尻を触るなどの猥せつ行為を行い、懲戒免職になっている。
そういった教師の不祥事が報道される件数が増えている気がするのは、気のせいだろうか。
実際には立件されていない潜在的な不祥事数を考慮すると、未だにそういった問題教師が多いのも事実ではないだろうか。

小学校内での校内暴力の大半は「児童どうしによる喧嘩である」と報告されている。ただし、増加率が著しく高いのが、教師に対する暴力である。
これは連日報道される教師の不祥事に対する、子供達による反発現象であるとも考えられないだろうか。

もちろん家庭環境において偏った育て方をされた結果による、子供のストレス、反社会的人格形成にも問題はある。
(80年代に校内暴力をおこなっていた世代がいま、親となっている)

その他にも細かい原因を挙げるとキリがない。
それらを徹底的に割り出して解決策を考える必要もあるだろうが、連日「小学校内暴力」が報道されているなか、解決策に話が進むと、まともな意見がほとんど出てこないのが現状だ。
なかには、「昔の先生は怖かった。威厳があった」などとワケの分からないことを言うコメンテーターも必ずいる。

先生が怖い存在になれば問題は解決するのだろうか。
威厳のある先生が良い先生なのだろうか。

まったく馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。

確かに「全ての教師が優れた教育技術を持っていなければならない」というのは理想論に過ぎないかも知れない。
教育現場という特殊な環境が、実社会とのあいだにギャップを作り、教師という人間をグロテスクな存在にしている、ということは考えられないだろうか。

現状がどうであれ、学校において最重要なのは授業である。
その授業が正常に行われる為に、まず最初にやるべきことは、しっかりとしたルールを設定することではないだろうか。
総括的なルールが曖昧で、内容が隙だらけだから、正常に授業が行われない。
ルールを個々の教師に任せているから、教師による技量格差が浮き彫りになり、児童と教師との間に対立関係が生じる。
そう、この対立関係を生まないための総括的な方法を早急に考えることが最重要だ。
それほど難しい問題であるとは思えない
それが難しい問題であるとすれば、「問題を難しくしている」のが原因なのだ。

児童、親、教師というそれぞれの立場から中立的な「スクールカウンセラー」の存在も重要である。
管理教育などで子供を抑圧するようなことを考えるのではなく、むしろカンセリングによって子供の抱えるさまざまな問題を解放して消滅させることの方がよほど大事なのではないだろうか。

犯罪が横行するような小学校は、当然警察(子供の扱いに正しい認識を持った警察官による)との連携も必要である。
犯罪を犯したらペナルティを受けるのが社会のルールであり、それを教えるのも教育である。

飛躍した意見になるが、80年代の校内暴力は、中学校が最も凶悪な現場であった。
しかし、当時校内暴力を行っていた中学生は、中学生になってはじめて突然校内暴力を起こしたわけではない。
彼らはすでに小学校でも校内暴力を起こしていた。
(当時の小学生も水風船などに牛乳を入れたりして教師に投げつけたり、嫌いな教師の授業をボイコットするためにクラスメート全員で教室を抜け出したりしていた)
それは中学校での校内暴力へと発展する前兆でもあった。
ということは当然、今後中学校での凶悪な校内暴力が増加する可能性もあるだろう。

それらの事件は中途半端にマスコミによって取り上げられ、必要以上に生徒達の感情を煽り、再び暴力がトレンドとなり、ますます全国へ飛び火していく、という事態も考えられる。
その際、無理に管理教育で押さえつけようとすれば、再び活性化して全面に出てくるのは、何よりも暴力団ではないだろうか。

そんな一時的なトレンドの犠牲となって、大多数の子供達の中に反社会的な人格が生まれ、彼らの人生に決定的な悪影響を及ぼすのである。

少々飛躍した意見ではあったが、過去の教訓が生かされなければ、時代はまた逆戻りするのである。
9.11直後のアメリカがそうであったように…

80年代校内暴力の側面

80年代初めに多発した校内暴力の要因の一つに
「徹底された管理教育」があると考えられる。
校内暴力は、児童・生徒の人権が無視された、
威圧的(暴力的)教育姿勢に反発して全国的に連鎖したのだ。

管理教育の背景には、高度経済成長期の
「理想的な労働者を作り出し団結力を高め、生産性を上げる」という政策も影響し、
そうした管理教育方針のもとに職権乱用して、行き過ぎる体罰を行った多くの教師達にも
問題があったのではないだろうか。

当時そうした威圧的(暴力的)教師が多かった原因としては、彼らもまた、
そういった管理教育のもとに指導されてきた(虐待を受けた者、或いは目撃した者は
虐待を行うという”暴力の連鎖”)という構図も考えられる。

教師と生徒の間に、
刑務所の刑務官と受刑者との間に起こるような人間関係が生まれ、
エスカレートしていったのかも知れない。
学校は刑務所と化し、教師たちは刑務官にでもなったかのように、
生徒たちを支配的に管理するようになったのだ。

当時、竹刀を手にした教師の姿は珍しくなく、そういった教師による、
生徒への威圧や体罰、或いは言葉による屈辱的な暴力(酷い場合は苛め)は
日常の出来事であり、行き過ぎた管理教育が生んだ「歪んだ一面」であった。

教育の場に教師たちが竹刀などを持ち込んだ結果、
生徒達に潜在的に「暴力」を植え付けた。
(竹刀などの”武器”は暴力の象徴、暴力の直感的記号となりうる)

傷つけられた生徒から見ると、教師達は憎むべき”敵”となったのである。

何か問題が起きたとき、学校側はよく「生徒の家庭環境に問題があった」と回答する。
確かに子育てを放棄した親、或いは子供に無関心な親(特に父親)が居ることも事実であり、
傷ついた生徒の心は家庭ではケアされる事がなく、同年代の友人間でのみ解消され、
ますます親と子供の距離が離れる、といったケースは珍しくない。
だがその前に、学校で起こった出来事によって生徒の心が傷つけられる場合が多く、
「教師の体罰によって傷つけられた」という事実が存在するという事であり、
そういった事実は当然のように学校側によって揉み消されたのである。

やがて生徒達は社会を敵に回し、組織化され、互いの非行の度合いを競い合った。
そこへ暴力団が介入して、暴走族はますます巨大化していった。
運転免許を持たない中学生ですら”歩く暴走族”となって凶悪化していった。
当時の日本では、暴力の見本となるものは”暴力団”、或いは”暴走族”であった。
非行少年に「なぜ暴力団と付き合うのか?」と質問すると、
「自分たちの話を親身になって聞いてくれるから」との回答が多かった。
不思議な話だが、暴力団が彼らの”癒し”になったのである。
当時それほど、彼らにとって世の中は荒んでいたのだ。
彼らにとって世の中とは”学校”である。
結果、80年代前半、校内暴力は深刻な社会問題にまで発展していった。

全国的な校内暴力を沈静化させたのは事実上、教育者達ではなく警察であり、
同時に若者文化の変化によって沈静化されたのである。
いわゆる、「ぶっ壊しちまえ!」という野蛮なムーブメントが終わったのだ。
その結果「ヤンキー」は時代遅れに追い込まれ、その数が一気に激減し、
その影響で校内暴力は沈静化へと向かったのである。

ところが未だに、そういった側面には目を向けず、校内暴力が沈静化したのは
「徹底した管理教育による生徒への押さえつけが功を奏した」という
教育委員会側の見方があるが、それは都合の良い一方的な意見
(学校という場に多い、隠ぺい体質的性質)である。
事実、「徹底した管理教育による生徒への押さえつけ」は
校内暴力が多発する以前の方が酷く、そういった管理体制は
校内暴力によって崩壊されたのである。

なのに「校内暴力が沈静化したのは徹底した管理教育による
生徒への押さえつけである」との結論づけが残ってしまった為に、
教師による生徒への卑劣な体罰が完全に無くなる事はなかった。

教師による執拗な苛めが原因で自殺した生徒が存在する、という事実。
(私の友人もその一人だ)
教師による生徒へのセクハラ、強制猥せつ、強姦、傷害・致傷。
こんな事が絶対にあってはならないし、
あったとしても学校側が事件を隠ぺいするなど、もってのほかである。
これらの事件の「本質的な恐ろしさ」や「根本的な原因」というものを
未だにこの国は理解していないように感じてならない。

少年による残虐事件の加害者が過去に
「学校で教師に酷い体罰を受けていた」という話もよく耳にする。
極端ないい方をすれば、そういった少年犯罪者を生み出した暴力教師は、
その事件の共犯者である、と言っても過言ではないのだ。

自己の不在

「○○さんがそう言ったから…」

「○○さんは××の凄い人だから…」

そんな短絡的な日本人が多いのは事実である。

自分の考えを持たずに、著名な他者の言葉を引用して自分の考えとする行為。

先日、爆笑問題の太田光が日本テレビの番組で

9.11同時多発テロの時の小泉首相の発言『テロには屈しない』について熱く語っていた。

ブッシュの言葉をそのまま引用して日本国の声明とした小泉首相の行為を批判したのだ。

あの番組での太田光の発言は全てに同調できるものではないが、

あながち間違っているとも云えない。

確かに、先ほども書いたが日本人にはそんな風に著名な他者

(一般的に成功していると云われている人)の言葉を簡単に受け入れて

引用する人が多いように思う。

小泉首相が『テロには屈しない』という発言をしたのが

短絡的にブッシュの言葉を引用しただけとは思わないが

その行為が日本人を代表する象徴的行為として歴史に残ったことに対する

太田光の危機感というものはよく分かる。

ソネットブログひとつとって見てもわかるマイノリティの重要性。

(いや、ブログの中の世界は未だに特殊な世界なのかも知れない)

考えて自分の中で昇華するのではなく、

単純な思い込みだけで溢れ出た言葉を自分の中から放出させるという

本当の自己が不在してるという矛盾を抱えた自己顕示欲なのである。

それはまさに公害に等しい。

そしてその醜さに気付かない者が多いのだ。

「奈良美智さんがそう言ったから…」

「村上隆さんがそう言ったから…」

「岡本太郎さんがそう言ったから…」

だから何? 君は誰?

ダ・ヴィンチ・コード

私はまだ「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでいない。

確かに面白い物語なのかも知れないが、おそらく読む事は無いだろうと思う。

何と言うか、初めから興味が無かった。

だから映画も見ていない。

わざわざ映画館で見ようとも思わないのだ。

宗教的な理由で拒否反応を起こしているというワケではない。

そもそも私は無宗教である。

それよりも興味深いのは、

日本テレビ、フジテレビ、テレビ東京がそれぞれ2時間のスペシャル番組を制作し、

日本国民にレオナルドの「ラスト・サパー」の解釈を

潜在的に植え付けてしまった事である。