2015-9-02

ポコが死んで2週間が過ぎた。
自分にとってとても大きな存在だった一匹の猫。

死の瞬間の光景、フラフラと歩く弱々しい姿。
朝4時に起こしに来る時の鳴き声。食事の用意をすると足元に近寄ってくる気配。
以前はあった当たり前の日常。

それらの記憶がひと塊りとなって、何か全く別の生き物のように私の中に存在している。
その生き物がポコの記憶を呼び覚ます時、どうしようもない喪失感と深い悲しみに襲われる。

そんな自分から抜け出したいというよりも、むしろそこから離れたくなかった。
そうすることで自分が自分でいられる気がした。
深い悲しみを通じて得られる、ある種のクリアな精神状態。
最後にポコが残してくれたのだと感じている。

 

15001-2

キャンバス/アクリル(未完) 53cm×53cm

ポコが死んだ次の日から、1日3〜4時間ペースでゆっくりと描いてきた。完成にはまだ時間がかかりそうだ。

2015年8月20日

昨日の朝方は、出窓のところで横になっているポコを撫でると、喉をゴロゴロ鳴らした。
それを見て少しほっとした。
ポコは思い出したように起き上がり、座った。
頭を撫でると、かろうじて出た甲高い声で鳴いた。
コップに水を入れて与えると、ゆっくりと何度かに分けて水を舐めていた。

昼頃、ポコの様子を見に行くと、餌と水の前で横になっていた。
水を飲もうとして倒れかけたのか、床が水で濡れていた。
目を開いて息はしているが、どこ見ているのかわからないような状態だった。
今にも降り出しそうな曇り空で、部屋の中は割と涼しかった。

夕方になってポコは、普段あまり行かない部屋の隅に行こうとしていた。
舌を出して呼吸も辛そうだった。
念のために体や口のまわりに水をつけてあげた。
ポコは体力の低下でここ半年くらい、まともに自分で毛づくろいもしてない。
少しでも体温調整に役立てばと思ったのだが、良くなる気配はなかった。
以前も同じような状況になったことがあるが、1時間後くらいには回復していた。

ポコは初めてオシッコを漏らしてしまった。
「いよいよポコが死ぬかもしれない。最後はそばで看取ってやりたい」
そう思って覚悟をきめた。

いつも抱っこを嫌がるけれど、私は自分の胸の上にポコを寝かせた。
ポコは息苦しそうに何度か大きく口を開けた。
そして目と口を開いたまま、動かなくなった。
呼吸も完全に停止して、身体中の力が抜けきってしまったようだ。
まだ体が温かいので、死んでしまったことが嘘のように思えた。

今も走馬灯のように、ポコとの19年間の思い出が蘇る。
「あの時、もっとこうしてあげれば」とか、
「最後は胸の上に寝かせないでそっとしておけば、もしかしたら…」とか、色々と後悔もしている。

これまでの自分の人生で、最も仲のよい存在が消えてしまった。

「あれ? ポコ何処行ったんだろう」
「なんだ、そこに居たのか」
そんな日々が幸せだった。

ポッカリと胸に穴が開いてしまって何も手につかない。
何も見たくないし、何も聞きたくない。
今となっては床に落ちてるポコの毛ですら愛おしい。

こうして文を書いたり、絵を描く準備をしていないと、また涙が止まらなくなる。
3年ぶりに絵を描こうとしているが、ポコだから描きたいと思うし、今はポコ以外描きたくない。

ポコがまだ元気に走り回っている頃、そんな姿を見て嬉しい反面、今日という日を想像もしていた。
その時が来たら出来る限り気持ちを切り替えよう、とも考えた。
そんな事ができるはずもないのに。

ポコが逝って24時間が過ぎた。
そうして1週間が過ぎ、1年が過ぎ、10年が過ぎていくのだろう。

 

 

2013-03-15

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キャンバス/アクリル(27cm×35cm) ルパン三世(TV第1シリーズ)第5話「十三代五ヱ門登場」より作製


※上の作品は個人的研究の為に作製したものであり、販売目的で作製したものではありません。